2011年2月13日日曜日

日本政治再生を巡る - 権力闘争の謎 - カレル・ヴァン・ウォルフレン #2

官僚機構の免疫システム

明治以来、かくも長きにわたって存続してきた日本の政治システムを変えることは容易ではない。システム内部には自らを守ろうとする強力なメカニズムがあるからだ。一年ほど日本を留守にしていた(一九六二年以来、こんなに長く日本から離れていたのは初めてだった)筆者が、昨年戻ってきた際、日本の友人たちは夏の選挙で事態が劇的に変化したと興奮の面持ちで話してくれた。そのとき筆者は即座に「小沢を引きずり下ろそうとするスキャンダルの方はどうなった?」と訊ね返した。必ずそのような動きが出るに違いないことは、最初からわかっていたのだ。
なぜか? それは日本の官僚機構に備わった長く古い歴史ある防御機能は、まるで人体の免疫システムのように作用するからだ。ここで一歩退いて、このことについて秩序立てて考えてみよう。あらゆる国々は表向きの、理論的なシステムとは別個に、現実の中で機能する実質的な権力システムというべきものを有している。政治の本音と建前の差は日本に限らずどんな国にもある。実質的な権力システムは、憲法のようなものによって規定され制約を受ける公式の政治システムの内部に存在している。そして非公式でありながら、現実の権力関係を司るそのようなシステムは、原則が説くあり方から遠ざかったり、異なるものに変化したりする。
軍産複合体、そして巨大金融・保険企業の利益に権力が手を貸し、彼らの利害を有権者の要求に優先させた、この一〇年間のアメリカの政治など、その典型例だといえよう。もちろんアメリカ憲法には、軍産複合体や金融・保険企業に、そのような地位を確約する規定などない。
第二次世界大戦後の長い期間、ときおり変化はしても、主要な骨格のほとんど変わることがなかった日本の非公式なシステムもまた、非常に興味深いケースである。これまで憲法や他の法律を根拠として、正しいあり方を求めて議論を繰り広げても、これはなんら影響を受けることはなかった。なぜなら、どのような政治取引や関係が許容されるかは法律によって決定されるものではないというのが、非公式な日本のシステムの重要な特徴だからだ。つまり日本の非公式な政治システムとは、いわば超法規的存在なのである。
政治(そしてもちろん経済の)権力という非公式なシステムは、自らに打撃を与えかねない勢力に抵抗する。そこには例外なく、自分自身を防御する機能が備わっている。そして多くの場合、法律は自己防御のために用いられる。ところが日本では凶悪犯罪が絡まぬ限り、その必要はない。実は非公式な日本のシステムは、過剰なものに対しては脆弱なのである。たとえば日本の政治家の選挙資金を負担することは企業にとってまったく問題はない(他の多くの国々でも同様)。ところがそれがあるひとりの政治家に集中し、その人物がシステム内部のバランスを脅かしかねないほどの権力を握った場合、何らかの措置を講ずる必要が生じる。その結果が、たとえば田中角栄のスキャンダルだ。
また起業家精神自体が問題とされるわけではないが、その起業家が非公式なシステムや労働の仕組みを脅かすほどの成功をおさめるとなると、阻止されることになる。サラリーマンのための労働市場の創出に貢献したにもかかわらず、有力政治家や官僚らに未公開株を譲渡して政治や財界での地位を高めようとしたとして有罪判決を受けた、リクルートの江副浩正もそうだった。さらに金融取引に関して、非公式なシステムの暗黙のルールを破り、おまけに体制側の人間を揶揄したことから生じたのが、ホリエモンこと堀江貴文のライブドア事件だった。
いまから一九年前、日本で起きた有名なスキャンダル事件について研究をした私は『中央公論』に寄稿した。その中で、日本のシステム内部には、普通は許容されても、過剰となるやたちまち作用する免疫システムが備わっており、この免疫システムの一角を担うのが、メディアと二人三脚で動く日本の検察である、と結論づけた。当時、何ヵ月にもわたり、株取引に伴う損失補填問題を巡るスキャンダルが紙面を賑わせていた。罪を犯したとされる証券会社は、実際には当時の大蔵省の官僚の非公式な指示に従っていたのであり、私の研究対象にうってつけの事例だった。しかしその結果、日本は何を得たか? 儀礼行為にすぎなくとも、日本の政治文化の中では、秩序回復に有益だと見なされるお詫びである。そして結局のところ、日本の金融システムに新たな脅威が加わったのだ。
検察とメディアにとって、改革を志す政治家たちは格好の標的である。彼らは険しく目を光らせながら、問題になりそうなごく些細な犯罪行為を探し、場合によっては架空の事件を作り出す。薬害エイズ事件で、厚生官僚に真実を明らかにするよう強く迫り、日本の国民から絶大な支持を得た菅直人は、それからわずか数年後、その名声を傷つけるようなスキャンダルに見舞われた。民主的な手続きを経てその地位についた有権者の代表であっても、非公式な権力システムを円滑に運営する上で脅威となる危険性があるというわけだ。
さて、この日本の非公式な権力システムにとり、いまだかつて遭遇したことのないほどの手強い脅威こそが、現在の民主党政権なのである。実際の権力システムを本来かくあるべしという状態に近づけようとする動きほど恐ろしいことは、彼らにとって他にない。そこで検察とメディアは、鳩山由紀夫が首相になるや直ちに手を組み、彼らの地位を脅かしかねないスキャンダルを叩いたのである。